初期の具象彫刻から 「そりのあるかたち」へ
左近充直美(島根県立石見美術館専門学芸員)
今年、開館して10周年を迎える島根県立石見美術館では、島根県出身の彫刻家・澄川喜一の企画展を開催します。1950年代の初期から近作まで、約80点の作品を集めた展覧会です。澄川喜一といえば、一貫して「そりのあるかたち」というテーマを追い続ける彫刻家、という定着したイメージがあるかもしれません。また近年では、東京スカイツリー®のデザイン監修や、東京駅八重洲口「グランルーフ」のデザインコミッティ委員を務めるなど、都市開発のデザイン分野に関わる仕事でも知られています。
「そりのあるかたち」は1970年代後半から35年以上続くシリーズですが、実は最初は、抽象彫刻ではなく、塑造の具象彫刻からスタートしています。現存する初期の作品は数が少ないのですが、本展の出品作を見ても、東京藝術大学で研鑽を積んだその造形力の確かさが伺えます。その後、復顔の仕事で得た経験や、仮面や鎧など、中身が虚ろなものに宿る独特な存在感に目を向けたことから、人の顔を抽象化させた「MASK」シリーズを開始します。
この「MASK」は、どこか「対面」を意識させ、人を落ち着かなくさせる、不可思議な存在感を放つ作品群ですが、その初期は、木の中に埋まっている精霊を彫り出すような、ノミの跡が生々しいプリミティブな作例が多く、後期は、作為的な手跡を避け、鉋をかけて表面をなめらかにした丸みのある造形へと大きく変化します。そうして、木という自然の素材と真摯に向き合ううち、無理に彫り込んだり、本来の性質を曲げてしまうのではなく、木がもつ性質を惹き出す方向性へと向かうようになり、「そりのあるかたち」が誕生するのです。「そり」はそのまま木が反る性質を示し、同時に日本刀や寺院の屋根に見られるような独特な曲線を表します。「日本の美というのは、古来より環境に適した造形が最も美しい」という本人の言葉と、全国各地に点在する野外彫刻の存在からも明らかなように、この「そりのあるかたち」は環境に親和し、庭園造形や建築物のデザイン監修など、さまざまな分野にも活かされていきます。
澄川の造形は、年々シンプルに、より無駄のないかたちに進化し続けています。一人の彫刻家が辿ってきた道のり、獲得してきた作風の変遷をめぐることは、「空間」を舞台にした壮大なドラマを見るような充実感があります。展示会場では、木の呼吸を感じながら、その世界観をじっくりご堪能いただければと思います。
澄川喜一 (すみかわ・きいち)
彫刻家、文化功労者、日本藝術院会員、島根県芸術文化センター長・島根県立石見美術館館長、新制作協会会員
1931年 島根県鹿足郡六日市町(現・吉賀町)生まれ
1956年 東京藝術大学彫刻科卒業
1958年 東京藝術大学専攻科修了
1979年 第8回平櫛田中賞受賞
1980年 第11回中原悌二郎賞優秀賞受賞
1981年 東京藝術大学教授(95年~2001年同大学長)
2004年 日本藝術院会員
2008年 文化功労者
【会期】 2015年7月11日(土)~8月31日(月)
【会場】 島根県立石見美術館(島根県益田市有明町5―15 島根県芸術文化センター「グラントワ」内)TEL0856―31―1860
【休館】 火曜
【開館】 10:00~18:30(入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般1000円 大学生600円 小中高生300円
【関連リンク】 島根県立石見美術館
「新美術新聞」2015年7月11日号(第1381号)1面より