現代書壇の最高峰として指導的役割を果たす文化功労者、日本藝術院会員である古谷蒼韻(1924年京都府生まれ、日展顧問、読売書法会最高顧問、日本書芸院最高顧問)の米寿記念展が全国4会場で開催される。普遍の原理を求めて書の道を歩む強靭な精神と格調高い書風は現代書壇の規範ともいうべき存在。その書芸術の軌跡を初期から最新作までの代表作により展観し、併せて書に生きる人生観、芸術観を紹介する。
古谷蒼韻の書 島谷弘幸(東京国立博物館副館長)
今回の古谷先生の個展は、古谷芸術を理解するまたとない機会であるとともに、書の魅力を楽しむ、鑑賞する絶好の機会でもある。
ところで、最近、私は書と音楽は共通する部分が多いと思っている。音楽では、メロディーとハーモニーが大切で、何より全体の構成と調和が肝要である。書も、筆の流れ、筆線と筆線の響きが大切で、文字の配置と全体の調和が見どころである。
能書には、音楽に置き換えると三つの才が必要である。作曲する才、表現する演奏家としての才、さらにはこれを楽曲としてまとめる指揮者としての才である。古谷先生はこれらの才が極めて高いように思える。全体を構築する才、書を表現する才、作品として表現された造形や線を纏める才である。何より、線の練度が高く、書は線の芸術であることも如実に体現している。
最近、いろんな場面で誤解を恐れずに“書を読むことを忘れて、まずは感じてほしい”ということを話す機会が多い。私も作品に接した時は、書からうける格調美、全体の調和を鑑賞し、その後に造形美、連綿の美などを味わうのが常である。その上で、何を書いているのか、それをどう表現しているのかに、関心は移っていく。本来、書家が一番、苦労する何を書くかについても、鑑賞するみなさんに理解してほしいのであるが、これを強調しすぎると“書はむずかしい”となる。書は入り易いが、奥が深い芸術である。それだけに、より多くの方に書を鑑賞する楽しみを分かってほしい。
書は古典あっての創造である。古谷先生は、古典に習熟した上で、自らの書法で自らの美意識を表現されている。私の好きな三つの作品を紹介する。それが、みなさんの鑑賞の参考になれば幸いである。
まずは、「嵐峡」。先生69歳の作。何故か私は、この作品を見て禅宗僧侶の筆跡である墨跡を感じた。個々に表現を見ると、筆線や造形も実に美しいのであるが、何より心の響きが表現されている。
齋藤茂吉「金瓶村小吟」は、先生84歳の作。古谷蒼韻というと漢字作家という印象が強いが、仮名にも卓越した才を見せている。現在はどの分野も分科する傾向にあり、書の世界も同様の傾向にあるが、仮名が完成した平安朝においては仮名作家、漢字作家という意識はない。漢字と仮名の調和を藤原行成や伊房・定実らが真摯に取り組んだ結果として、古筆が伝存する。古谷芸術にも漢字・仮名の垣根はなく、古典の学問的・技術的な理解の上に立脚した見事な作品である。
杜甫「飮中八僊歌」は、第50回記念現代書道二十人展の出品作。線質、造形、文字の配置などの美しさも当然であるが、この作品の鑑賞は行末の処理の見事さである。当たり前のように自然に収めているが、かなり狭い空間に巧みに文字を表現している。練成された線質は言うに及ばず、これは行間、字間、余白、いわゆる空間の扱いが卓越した優品である。
【会期】 2012年10月20日(土)~28日(日)
【会場】 松坂屋美術館(名古屋市中区栄3-16-1)
☎052-251-1111
【休館】 無休 【開館時間】 10:00~19:30(最終日のみ18:00まで、入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般800円 高・大生600円 中学生以下無料
【巡回】 2013年1月2日(水)~7日(月)大丸福岡天神店本館8階特設会場
「新美術新聞」2012年9月1日号(第1289号)1面より