境界をずらす金魚絵師
もう美術なんてやめてしまおう。行き詰まっていた18年前、ふと目に入ったのが自室で飼っていた金魚だった。泳ぐ姿の背景に、古の金魚職人たちの「手」が幾つも見えた気がした。金魚を描くきっかけとなったこの出来事を「金魚救い」と呼び、今も大切に思い返す。
金魚絵師という肩書きは、TVや雑誌で広く取り上げられる中で生まれた言葉だった。うつわの中に透明な樹脂を流し込み、表面に想像上の金魚を少しずつ描く。それを何度も繰り返すことで、まるで生きているかのような立体的な像が現れる。祖父の影響で慣れ親しんだ水墨画の筆遣い、幼い頃祖母の茶室で魅せられた茶碗の宇宙、大学時代に興福寺で見た仏像の不思議なリアリティー。東洋の多様な美に触れてきた経験が、現在の制作に繋がっている。
超絶技巧と賞されるその作品は、大衆性を備えるだけでなく、積層の絵画としての一面も持つ。樹脂を重ねることによって、透明な支持体の厚みが増し、絵具の痕跡が次第に濃い影を落とす。樹脂は取り扱いが難しい素材だが、「水面という境界線を自在にずらすことができる」のが魅力だ。手作業で描かれた立体的な絵画には、昨今の3Dプリンターとは対照的に、長い時間と深い想いが閉じ込められている。
平成最後の七夕の日、平塚市美術館にて、公立美術館では初となる大回顧展が開幕した。マーク・ロスコを思わせる抽象表現や、木彫りの熊に金魚をくわえさせたユーモラスなオブジェなど、従来とは異なるイメージも楽しめるだろう。「室町時代より愛される金魚は、職人によって常に改良されてきた魚。金魚の美を考えることは、日本人とは何かを考えることにつながります」。
絵画、立体、工芸。様々な境界を揺さぶりながら、日本人の美意識や精神性を探る金魚絵師・深堀隆介。その試みを再考する好機がやってきた。
(取材:岩本知弓)
深堀 隆介(Fukahori Riusuke)
1973年愛知県生まれ。金魚の一大産地である弥富市の金魚を見て育つ。愛知県立芸術大学でデザイン・工芸を専攻。ディスプレイ会社で勤務した後、百貨店や水族館など様々な場で発表を重ね、近年はNYやロンドンでも個展を開催。現在横浜市在住、横浜美術大学客員教授。7月7日~9月2日の「金魚絵師 深堀隆介展 平成しんちう屋」(平塚市美術館)では新作インスタレーションをはじめ200余点を出品する。9月15日~11月4日には刈谷市美術館に巡回。
【展覧会】金魚絵師 深堀隆介展 平成しんちう屋
【会期】2018年7月7日(土)~9月2日(日)
【会場】平塚市美術館(神奈川県平塚市西八幡1-3-3)
【TEL】0463-35-2111
【休館】月曜(ただし7/16は開館)、7/17(火)
【開館】9:30~17:00(入場は16:30まで)
【料金】一般900円 高校・大学生500円 ※中学生以下、毎週土曜日の高校生は無料
【関連リンク】深堀隆介 ホームページ