第46回ヴェネツィア・ビエンナーレ受賞作を常設展示
静謐 荘厳なる「地底湖」空間―建築家・西沢立衛が新たに設計
軽井沢千住博美術館(長野県軽井沢町長倉、品川惠保館長)に6月5日、日本画家・千住博の第46回ヴェネツィア・ビエンナーレ名誉賞(最高賞)受賞作を常設展示する「The Fall room」がオープンした。設計は美術館と同じく建築家・西沢立衛。光溢れ四季折々の表情を見せる美術館とは対照的に、静謐荘厳の趣に満ちた瞑想的「地底湖」空間が出現した。前日には関係者を集めて内覧会等が開かれ、千住博らが記者会見、増設された同ルームと美術館が一体となった新たな魅力を語った。
同美術館は、1995年日本代表として第46回ヴェネツィア・ビエンナーレに出展し東洋人として初めて名誉賞を受賞した千住博の代表作である「The Fall」を収蔵し、常設展示するに際し、作品鑑賞に最も適した空間作りを追求。そこで完成したのが同ルームだ。
千住は、建築家西沢立衛に空間コンセプトとして「地下宮殿」を提案、地下空間の中の地底湖の岸辺に「The Fall」が展示されることを希望した。そのイメージは、千住がかつて訪れた、トルコ・イスタンブールにある東ローマ帝国時代の遺跡バジリカ・シスタンに由来する。画家は、この空間が発する静謐さ、生命を護る水の神秘性に強く印象付けられた。そうした印象が自らの遠い過去を想い出させ、ビエンナーレでの作品「The Fall」の展示につながった。
今回、千住は「The Fall」を展示する空間としてそこがイメージや記憶の中にある空間であるべきだと考え、あたかも存在感のない「無」の空間を創り出すことを意図。それゆえ「The Fall room」は曲線が多用され、地下のような空間となった。照明は鑑賞を妨げない僅かな光が射すのみ。その場に居ることにより観者は様々なイマジネーションを働かせ、想いを回らせる瞑想体験を得られる、という。
美術館とは暗い地下道の様な勾配ある通路でつながる。そこはカラーリーフガーデンと柔らかなフォルムのガラスで構成された光溢れる建築の空間。現代的でありつつも日本的な明と暗、動と静の対照とでも言いたくなる展示空間だ。「The Fall room」の開設により軽井沢千住博美術館の印象度は大きくアップしたといえよう。
美術館では千住の代表作「The Fall」収蔵を機会に、いま「Waterfall×Waterfall」を開催、今日に至る様々な「滝」の作品の展開を紹介している。(13年10月6日まで)
千住は「滝との出会いは偶然でした。野生の鹿の神聖さを、その背後の滝を描くことで表現しようと試行錯誤の末、上から絵具を流したとき、滝が現れました。表現と内容が一致した瞬間であり、自分の中の日本文化に触れた一瞬でもありました」と語る。
「滝」はその後、形状、色彩など表現方法による変化と発展を遂げてきた。横浜で開催されたAPEC JAPAN 2010の日米首脳会談の会場にも展示された「ウォーターフォール# 4」、色彩に驚き自分が開かれた思いがしたという「フォーリングカラー」、現代人の心情を託した、素材に蛍光塗料を用いた「デイフォール/ナイトフォール」など制作の進化革新は続いている。
「滝」以外のモチーフもある。絵巻物を現代的な形で再現する試みで、日本に決定的に足りないイマジネーションを育む絵本、ストーリーがなく絵だけで構成された絵本、それが「星の降る夜に」連作だ。千住は、絵本こそ人類史上最高のメディアとする。
そして「クリフ(崖)」。揉み紙という伝統的な手法を使い、画面を揉み、山や谷をつくり絵具を流す。素材・岩絵具、自然の側に身を置いた斬新な発想の成果である。
別棟のギャラリーでは、「Waterfall」の新しい試みとして動画による作品展開を紹介している。(7月15日まで)コラボ企画「日本舞踊×オーケストラ―伝統の競演―」で、花柳流四世家元・花柳寿輔、京舞井上流五世家元・井上八千代がドビュッシーの名曲『牧神の午後』をテーマに舞った際、舞台美術を担当。「Waterfall」が日舞振付、音楽とどうコラボするのか。(上映時間:12分)
千住がいま取り組んでいる最大の仕事は、大徳寺京都本院・聚光院障壁画の制作だ。同寺住職より5年前に揮毫を依頼された。狩野永徳の隣室に設置するという難題、未来永劫に残る名誉ある大仕事だが、目下のところ悩み苦しんでいると会見で語った。
軽井沢千住博美術館
長野県北佐久郡軽井沢町長倉815☎0267-46- 6565
【休館】 火曜、ただし7~9月は無休
【料金】 一般1200円 高校生・大学生800円 中学生以下・障がい者無料
【関連リンク】 軽井沢千住博美術館
「新美術新聞」2013年6月21日号(第1315号)3面より