昨年5月、炭坑記録画「山本作兵衛コレクション」が、国内で初めてユネスコの世界記憶遺産に登録され、これを契機に炭坑への関心はにわかに高まった。その大部分を所蔵する福岡県の田川市石炭・歴史博物館には多くの人が訪れている。
このほど筑豊・田川と同じ炭坑の歴史を有する全国の産炭地において「山本作兵衛コレクション」を紹介するキャラバン展と講演会等が開催されている。各地に眠る炭坑の歴史を掘り起こし、それぞれの郷土文化を再認識しようという田川市と各産炭都市主催による世界記憶遺産活用活性化事業のひとつだ。
炭坑記録画「山本作兵衛コレクション」の世界記憶遺産登録のニュースは、日本中を驚かした。その全てが耳新しい衝撃だった。同博物館の2011年度の入館者数は、前年度の5倍(15万人)、筑豊地域外からは10倍となったそうだ。
日本には筑豊以外にも北海道の各地域、関東の常磐、中国地方の宇部、九州長崎などよく知られた炭坑があった。が、炭坑の灯が消えて年を重ねるごとに炭坑の記憶が全国各地で失われつつあるのが現状だ。
かつてわが国のエネルギー、産業、経済の主役であった日本の石炭産業史も風化の一途を辿っているのが現状。今回のキャラバン展事業は、「山本作兵衛コレクション」の石炭産業史における位置づけを明確にすると同時に、作兵衛氏の炭坑の“記憶”を通じて全国の産炭地を結び付け、貴重な炭坑の歴史と文化を後世に守り継ぐ契機にしたい、と主催者側では企画趣旨を発表。
「山本作兵衛コレクション」とは、田川市石炭・歴史博物館所蔵の炭坑記録画585点、日記6点、雑記帳及び原稿等36点と福岡県立大学に寄託されている絵画4点、日記59点、雑記帳や原稿等7点の計697点。
世界記憶遺産の事業目的は資料の保存、公開、普及啓発がその3本柱。だが、安易な原資料の公開は劣化の促進を招くとして、田川市では今年4月、同市が所有する原資料は、原則として石炭・歴史博物館外での公開は行わないこと、同館内で年2回以内の原画展を催し、その公開期限は年当たり30日とするなど国宝並みの厳しい公開基準を設けた。
こうした理由から今度の各産炭地を巡回する「山本作兵衛コレクション」キャラバン展は、画像データによるプリント出力した炭鉱記録画のレプリカ作品展示会となる。会場は福岡県外の主要箇所を選定。最初の釧路市立博物館では6月9日(土)~7月13日(金)に開催、またキャラバン展の企画実現を主導した栗原祐司・京都国立博物館副館長(前文化庁美術学芸課長)が「ユネスコ世界記憶遺産について~『山本作兵衛コレクション』登録の意義と課題」と題して講演会を行った。
今回の事業は「平成24年度文化庁文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業(ミュージアム活性化支援事業)」によって実施されるもの。 前述の栗原氏は「田川市の登録は稀有な例だが、それはわが国における世界記憶遺産の認識を深め、今後の日本からの推薦の幅を広げることに大きく寄与した。田川市の取組みを参考に世界記憶遺産の登録に向けた検討を始めた自治体や博物館も出始めています。わが国には世界記憶遺産に値する資料は少なくない。今後、各地域から様々な候補物件が提案されることを大いに期待したい」という。
今後のレプリカ展・講演会(講師・演題)の予定
夕張市 石炭博物館<石狩炭田>
【会期】 8~9月頃開催の予定で調整中
【講演会】 清水健一・九州国際大学教授 「産業遺産の活用と地域の活性化について」
いわき市石炭・化石館<常磐炭田>
【会期】 9月29日(土)~11月4日(日)
【講演会】 安蘇龍生・田川市石炭・歴史博物館長 「世界記憶遺産と山本作兵衛の世界」
宇部市 石炭記念館<宇部炭田>
【会期】 9月15日(土)~10月21日(日)
【講演会】 森山沾一・福岡県立大学副学長 「山本作兵衛さんの生活史」
長崎県美術館<西彼杵炭田(長崎)>
【会期】 9月25日(火)~10月30日(火)
【講演会】 有馬学・福岡市博物館長 「世界遺産と世界記憶遺産」
新美術新聞2012年7月11日号(第1285号)3面より