第21代文化庁長官に国立西洋美術館館長、(独法)国立美術館理事長を務めていた青柳正規氏が就任した。美術品政府補償制度実現への尽力、「東日本大震災復興チャリティ・オークション」の実施成功、「国立デザイン美術館」構想発表などは美術界の枠を超えて注目を集め、支持された。国民の期待を担う青柳長官を尋ねてお話を聞いた。
7月8日付でご就任されて1カ月余り、現場等もまわられていらっしゃるでしょうが、その辺の率直なご感想からお願いします。
青柳 この1カ月いろいろやってみて感じたのは、文化庁という存在が大きな存在であることがわかりました。大きなとはどういう意味かというと、音楽であるとか美術であるとか、あるいは伝統芸能にしても、いろんな形で文化庁が補助金を出していることです。何かをやるときに文化庁の補助金があるかないかでやれるかどうか決定づける場合もかなりあります。
もう一つは、国民文化祭とか、全国高等学校総合文化祭とか文化庁主催の全国規模の催事を行っていますが、その内容は皆いい。実際見に行ったのですけど、結構充実しています。いい事をやっていながら世間にあまり知られていないという意味では残念なので、広報活動をもっとうまくやらなければいけない。
3つ目は、やはり文化というものの有り難み、重要性がかなり浮上しているにもかかわらず、適切な予算規模とかマンパワーとかが、かなり足りない。存在感はあるにもかかわらず、もう少し何かできないかと感じます。
長官は、美術館・博物館の現場はじめ、欧米の美術全般、日本の伝統文化・芸術から現代アートにも精通されています。そうした総合的な解決力や人脈をこれからどう生かされますか。
青柳 来年度の概算要求の中には国立の文化施設、国立博物館とか国立美術館をもう少しバックアップしようという項目が出てきて少し具体的にお助けすることができますが、それよりも海外との関係で、もうちょっと日本の美術にしても工芸にしてもどんどん発信していきたいですね。
いま何となく世界的に日本美術に対する関心は高まっています。古いところからニューヨークであった「具体展」みたいな新しいところまで、かなり広いレインジで日本に対しての関心が高まっているのだけれど、それに対してきちんと十分に量的にも質的にも対応できていない。そこを早くどうにかしたい。
そのためには、展覧会を向こうへ持っていくための企画を立てたりする人が必要なのですが、いま文化庁にはなかなかそれだけの余裕がないのです。ではどこか国立美術館の学芸員、国立博物館の学芸員が…となりますけど、そこも日常業務に追われていて、なかなか自分のところで新たな海外展を企画してハンドリングするところまでいっていない。その辺をどうにかもう少し推し進めることができないか。
そのためには、たとえば公立美術館は今お金がないので、かえって人が余っている所もあるのです。そういう所とうまく組み合わせながら、調整していく。代わりに、その苦労に報いるために向こうからいいものを持ってきたときに、その公立美術館も巡回展の中で一会場になってもらうというようなことができないか。そういうことをシステムとして少し考えたいので、全国美術館会議とか美術館連絡協議会にもお願いし、検討しながらやっていきたい。
美術館関係者の間で危惧された3独立行政法人の統合の今後は。
青柳 民主党政権時代に3法人を統合しようという閣議決定が出され、今年1月に自民党の閣議で凍結しようということになりました。凍結した後どうするかは、この参議院選挙が終わった今、考え始めているところです。恐らく9月ごろから凍結した案件を真正面から捉え直して、政府の行政改革推進会議とか、あるいは行革よりも美術館・博物館の活動を充実させた方がいいと考えている人とかから、年内か年度内に凍結案件に関しての新しい決定が出てくる。国立文化財機構にしても、あるいは国立美術館にしても、早く自分たちのスタンスとか、どうあるべきか、を早くキチッとさせていく必要があります。
そのときに、恐らく自民党は日本芸術文化振興会(芸文振)と美術館・博物館は違うということは大体理解してくれています。この3つが一緒になることはないのではないか。けれども美術館と博物館をどうするかというところは、これから検討の俎上に乗っていくでしょう。そのときにきちんと主張すべきことは主張して、自分たちが本当に将来的にこっちの方がいいということを皆に納得してもらうようにしなくてはならない。
26年度文化庁予算は、8月中のシーリング(概算要求基準)を経て年内にまとめられますが、今の長官のお話も含めて文化庁予算は、これまで以上に増える可能性はあるのでしょうか。
青柳 そうしたいと思っています。それからやはり予算が増えるのが目的ではなく、どういう政策・企画を立てていくのかが、まず第一です。それを実現するために、どうしても予算が必要だというので予算が増えていく、それが筋だと思います。今、いろんな要請がたくさん来ていてそれを整理しても、これだけは新たにやっていかなくてはいけない、これだけは予算を少し増やさなくちゃいけないという件がかなりあります。その結果として、予算は前年度比、当然1割ぐらいは増えていかざるを得ないでしょう。今、そういうつもりで概算要求の準備をしています。何しろ、そのために私は文化庁に来たのだと思っていますから。
先生が長官に就任され、日本のコレクションでこういうものがあるんだ、と。それも近代・現代的な部分でこういうものがあるということを海外に発信できるのではないかと思いますが。
青柳 そうです。具体的には、いま河口湖美術館と霧島アートセンターで、両方とも高橋コレクションの現代美術の展覧会をやっているわけですが、それらをもう少し大きな規模の企画でアメリカやヨーロッパへ持っていきたい。今の若いアーティストたちが最前線でやっているものを一堂に見られるように。一つ一つはかなり大きな作品ですけど100点とか200点を一緒に見られるような規模の海外展を開催できるようにしたい。
クール・ジャパンのことで、具体的なやり方が問題だ、ともご指摘されました。これには戦略が重要だと。
青柳 経産省などがこれまでやっているクール・ジャパンは、予算取りも非常にうまいし名称の付け方もうまい。ついその気になるのですけど、では実際にどうやるのかという段階になると人が必要なわけです。
文化庁や文科省は、誰に頼めばどういう結果が出せるかという人の情報は非常に豊かにありますが、経産省のようなキャッチフレーズのつくり方のうまさとか、結果は本当に出るのかどうかわからないけど、とりあえず突っ走ってやってみようというある意味、向こう見ずなところがないのです。本当は、経産省とクリエーター達の情報を持っている文化庁とが合体して一つの事業を推し進めれば、もっと実のあるものができると思うのです。
実際に海外に持っていったときに、現地が本当にそれを欲しているのか、興味があるのかとはお構いなしに、クール・ジャパンだろうという日本の中でつくり上げたイメージのものを持っていってしまう、これはもうかなり古い。
先生が提唱されたデザイン美術館が大変注目されています。大都市に拠点を置いてということも具体化しつつあるようにお聞きしていますが。
青柳 幾つかの、外の方からこういう再開発をするからその中に入ってくれないかとか、そういう要望は幾つかあります。それから地方都市の方からも、ぜひ、全部とは言わないけども核になるような一つの役割を担いたいから来てくれないかというのはあります。
今われわれがやろうとしているのは、むしろどこに何を作るということよりも、いろんなところに分散してコレクションができているわけです。武蔵美には田中一光があるとか、あるいは富山県立近代美術館にはポスター展の蓄積があるとか、そういうものをネットワークで結んで、所在情報をきっちり握って、それを使いながらいい国立デザイン工芸美術館を実現していくということを、今少しずつ線路に乗せたいなというところです。
それがますます重要になってきていると。
青柳 日本の文化の特徴というのは、これだけ島国でずっと、それこそ平安時代から今まで、国を二分するようなとんでもない戦争とかはないわけです。文化の継続性、それからわれわれの中にある精神的なものとか、そういうものを一番よく具現しているのが、僕は工芸だと思っているものですから、それをもう一回見直すこと。そしてそれをもっと活発な活動状態にするということ。そしてそのことで、世界に対して日本にはこれだけ優れた工芸、手工業の分野があることを知ってもらうこと、それを推し進めたい。
東日本大震災の復興支援では、文化財レスキューでご尽力されました。今度は引き続き文化庁として文化芸術の力を被災地に役立たせること。これはどのようにお考えですか。
青柳 一つは、日本全体ですけれども修復関係のセンターをもう少し充実させて、自然災害が起きたときに対応させていきたい。もう一つは、リスクマップ、この辺は津波にかかりそうな文化財、この辺では津波は大丈夫だけど地震で建物が倒壊の危険がある文化財、というようなリスクマップ、文化財に関するハザードマップを全国規模で作成することです。国指定のものだけでなく、地方公共団体の指定、あるいは村などが大切にしている基礎的な、地方公共団体の単位ごとの中で大切と考えられている文化財のリストアップを網羅的に行う必要があります。文化財は美術品とか考古資料だけではなく、それこそ村のお祭りであるとか無形の文化財に関してもできたら、それもリストアップの範囲の中に入れていきたいと思っています。
いま日本藝術院では全国の小学校中学校の要請に応じて子ども美術教育を実践していますが、創造者がもっと発信する教育的なことで、何かできることはあるのでしょうか。
青柳 作り手がやれる一番のことは、制作の途中段階を見せていただくというのが一番いいことだけど、それはなかなかアトリエで静かな所でないと嫌だとか、いろいろ作り手の習慣といいますか、それがありますからなかなか難しい。鑑賞者と小学生・中学生と作り手との間を取り持つような、最近はファシリテーションとかファシリテーターとかいいますけれども、仲介者ですね。
この仲介者とは出版でいえば編集者に相当するので、本来はどこにでも居なくてはいけないものだけど、その部分が特に芸術の場合にはちょっと手薄なのではないか。それを取り持つ大切な人たちを早く養成したい。この間から考えているのですけど、ファシリテーターとかいう英語はちょっとわかりづらいです。
一般に作り手というのは、それほど自分のものを説明することが得意ではないようです。どうしても妙に照れてみたり、妙に構えてみたり、いろんな違う要素が入ってきてしまうので、それで仲介してくれるきちんとした人が出てくると、もっともっと理解されると思います。
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