日本工芸会理事 室瀬和美氏 (人間国宝) に聞く
「現代に引き継がれる技と美を世界に発信したい」
第60回「日本伝統工芸展」が今年も東京はじめ全国12会場を巡回して開催される。今回の入選は613、受賞19作品、この数年続くクオリティ重視の厳選主義の成果だ。3年ほど前から60回展の準備を進めてきた公益社団法人日本工芸会副理事長・漆芸作家の室瀬和美氏(重要無形文化財「蒔絵」保持者・人間国宝)に伝統工芸展、その事業主催者である日本工芸会の歴史、日展との関係、青柳正規・文化庁長官とのご縁、クールジャパンも含めて話を聞いた。
量より質の厳選主義について、室瀬氏は「昨年と大きくは変わっていませんが60回記念の入賞は3点増としました。3年ほど前から私達は60回展を目指して内容のレベルアップを図ろうと、入選点数を絞り、これまで700点くらいの入選を600点くらいに厳選としました。原点に戻ろうと、拡大も必要ですがクオリティ重視に切り替えました」とする。
―青柳長官とのご縁とは。
「7年前、大英博物館で日本の伝統工芸の展覧会が開かれた時、ご覧頂いて以来強い後押しを下さっています。我々の伝統工芸展は、比較的地味な活動で、外に発表する機会が本当に少ない。いいものを創れば世の中が認めてくれる時代ではなくなり、良いものを良いと発信していかないと伝わりにくい時代に入っています。大英博での伝統工芸展のテーマは『技の美』。繊細で美しい表現がヨーロッパで受け、凄い人気を博しました。青柳先生は、1回で終わるのではせっかく盛り上がった流れがしぼんでしまう、継続的に発信すべきだ、とのご指摘でした。
当地は日本の工芸文化の質の高さをよく知っていて、ただその高いレベルが現代まで続いているとの知識はなかった。現在進行形を展覧会で初めて知った。過去のものでなく今の時代の新しいものだと、名前は伝統工芸だけど内容は現代アートとして十分通じることを認識してもらえた。」
―日本工芸会結成の経緯について。
「戦後、美術・芸術の活動は疲弊しました。物も失われ、1950(昭和25)年に文化財保護法が成立します。それは過去からずっと続いた法隆寺はじめ物に対する保存の活動で、これも第一歩としてスタートしたのですけど、4年後の1954(昭和29)年に形あるものだけでなく日本には形のない大事な文化遺産が沢山あるだろうとの提唱で、それが能や歌舞伎などの芸能という、形のない文化の継承です。それと伝統工芸も形として物を創る、形があるのは大事だけれどもそのためには形のない技術が消えてしまったら形のある物も創れない、文化財の保存もできない、やはり技術がいかに日本の文化として大事か。そして形のない文化も文化財として指定していこうという流れが重要無形文化財保持者制度、これが昭和29年にできました。
そこで形のないものの日本の工芸本来の姿、素晴らしさ、これまでずっと明治以降、日本画を中心にした近代美術のなかで工芸もやはり大事だと、岡倉天心の流れを汲んだなかで六角紫水、松田権六、山崎覚太郎たちがずっと続いてきた帝展、そして日展活動に繋がる。そこで工芸がそれまでアートとして認められなかったものを、アートとして認められる為には大きな壁面とかオブジェを創っていく方向に日展は活動していく。
そうすると本来の日本の伝統工芸の美の世界は、そういう壁面だとかオブジェとは違う、本当に生活の中の芸術感が大切ではないか、芸術とは日本の生活の中から生まれてきたもの、工芸独特の歩み、それをもう一度見直そうというのが伝統工芸の発想発信です。だから日展の先生方から、そういう思いのある方々が抜けてきた。それが松田権六などです。そういう先生たちが本来の日本の美をもう一回発信する会を創ろうと、それと重要無形文化財制度が一致してスタートしたのです。」
―本部事務局は東博に。
「会は当然ゼロからのスタート。たまたまそこの敷地内に借りることが出来た、ということです。実は、伝統工芸展第1回は東博での開催。これは公募でなく先生たちが集まり、これから伝統工芸展でどういうスタイルの作品をもって展覧会とするか、その見本を示すための第1回展(春)を東博に会場を借りて開いた。それを三越さんに示し、以降の会場を引き受けてくれませんか、と。それで第2回展は同じ年の秋に日本橋三越で開かれた。第1回の日本伝統工芸展に先立って東京国立博物館の表慶館で「選定無形文化財工芸技術内示展」が開催されたのがきっかけとなり、その後第1回の重要無形文化財の認定があった。認定後の伝統工芸展ではないのです。そういう流れでたまたまリンクしていますが、伝統工芸の自らの発信ということが重要無形文化財の認定制度にある程度の基準を示してきた、これが凄く大きい。それが歴史です。」
―日展との関係は。
「もうお亡くなりになった大場松魚、増村益城、田口義國など、全員日展で昭和20年代にスタートしています。松田権六について皆が伝統工芸に移った経緯がある。私たち世代はそれから20年くらいして参加するようになったわけですがやはりその苦労した姿を見てもっと充実して発信すべきということで伝統工芸を選んだ。」
―クールジャパンとは?
「伝統工芸は目立たなくて地味な世界ですが、実際見てもらうと現代の美術発信になっています。青柳先生の『国立デザイン美術館構想』の発信価値観と伝統工芸の価値観はそれほど違いはない。染織の平面デザイン、漆の立体と装飾で考える世界も、立体にいかに現代のデザインを加えていくか。これは最先端の感覚でなければ世の中が受け入れない。あるいは自然という素材を使うということが、50年前はすごく古かったのですが、今は自然を使って自然に戻すという、これが最もクールジャパンです。
21世紀は自己主張だけでなく相手の心も重んじて自分を主張しましょうというバランスの美術の世界になっていく。美術品は必ず相手が持つもですから相手の思いを充実させていく、そこに自分のメッセージを入れ込んでいく。美が大事でもなければ技が大事でもない、どちらも欠かすことができない。だから技が美を創り、美が技を育てる。これが日本の伝統工芸文化の本質だと思います。」
第60回日本伝統工芸展
9月18日(水)~30日(月)日本橋三越本店
10月2日(水)~7日(月)名古屋栄三越
10月9日(水)~14日(月)京都髙島屋
10月16日(水)~21日(月)JR大阪三越伊勢丹
10月25日(金)~11月3日(日)石川県立美術館
11月12日(火)~12月8日(日)岡山県立美術館
12月11日(水)~25日(火)島根県立美術館
2014年1月2日(木)~19日(日)香川県立ミュージアム
1月23日(木)~28日(火)仙台三越
2月11日(火)~16日(日)福岡三越
2月18日(火)~24日(月)松山三越
2月26日(水)~3月16日(日)広島県立美術館
【関連リンク】 日本工芸会
【関連記事】 第60回日本伝統工芸展、受賞者を発表
「新美術新聞」2013年9月21日号(第1323号)9面より