骨董・古美術専門誌『目の眼』で好評連載中の脳科学者・茂木健一郎『美の仕事 脳科学者、骨董と戯れる』が書籍化、2015年5月に刊行された。本書は、茂木氏が日本橋・京橋や金沢、京都などの骨董・古美術の名店をめぐり、脳科学者ならではの視点で古人の作りだした手仕事の美と謎を読み解くというもの。美術にも造詣が深い茂木氏が、初めて飛び込んだ骨董の世界。彼がそこに見たものとは。(インタビュー・テキスト:和田圭介/撮影:岩崎が)
■骨董に触れる、骨董を知る―
― 連載第1回で、日本橋の名店・壺中居で骨董を楽しむ青山二郎さんと小林秀雄さんの写真が掲載されていますが、連載における『目の眼』編集長の白洲信哉さんと茂木さんの姿に重なりました。お2人の掛け合いも本書の魅力の一つです。
茂木:白洲さんはずっと前から骨董をやっているから、青山さんと言えなくもありませんね。小林さんを初心者と言うのは失礼だと思いますが、この連載はそのような初心者が、骨董をどのように楽しめば良いのかを紹介していこうというものです。
― 回によってそれぞれ異なる分野の品々が紹介されていて、一口に「骨董」と言ってもこれだけの種類があるのかと驚きました。茂木さんはどのようなものに惹かれましたか?
茂木:もので言うと、やはり実際に使うことができる酒器が良いなと思いました。なかでも一番は「粉引」(『美の仕事』眼の五〈いつかは粉引〉)ですね。
そもそも骨董との最初の出会いも、『目の眼』編集長の白洲信哉さんが銀座の「きよ田」という鮨屋に連れて行ってくれたとき、愛用のお猪口と徳利を持ってきていて。唐津の盃だったのですが、肌触りが良いんですよ。その時はこんなことをする人もいるのかという感じでしたが、それから色々と教えてもらいました。
― 連載でも色々なものにとにかく触ってらっしゃいますよね。やはり「触感」というのは大事でしょうか?
茂木:大事ですね。特に茶碗や酒器と言うのは触ってなんぼですよね。物に触れて感動する、グッとくるというのは、良い絵を見る、良い音楽を聴くのと同じなんです。入り口は異なっても、最終的に脳の同じ部分に作用している。ただ、その「良いな」という感覚を言葉にする、評価するのが難しい。今では、例えばスマートフォンの新しいものが出る際、私たちは容量は何ギガバイトで、撮像素子はいくつみたいにスペックで考えるじゃないですか。骨董はそう簡単にいきません。
― 骨董の価値というのは数値化、明文化できるものではない?
茂木:やはり感覚―僕がライフワークとして研究する「クオリア」によるところが大きいと思いますね。最近、人工知能の研究が話題になっていますが、知性というものは置き換えることが出来るけど、感覚というものは置き換えることが出来ません。人工知能はおいしい料理を作ることは出来ても、料理をおいしいと思うことは出来ない。感覚や感性というものは、いまだに科学的には解明されていないんです。僕は、美しさや質感を感じるというのは、現代において最も人間的な感覚なのじゃないかと考えています。そうした「言葉に出来ないもの」を扱っているからこそ、骨董界の方々はお人柄が良いのかな。すごく素敵なことですよね。
■真贋は骨董の本質ではない
― 一方で骨董というと、どうしても「真贋」が気になります。
茂木:昔、30代の頃、神田の古書店で夏目漱石の水彩画を衝動買いしたことがあるのですが、その時「これが本物である証拠はあるんですか?」と聞いたんです。そしたら「うちが扱っているので間違いありません」と。そうするともう、信じるしかないんですよね。僕のスタンスはその頃から変わっていません。
― 結局、惚れるか惚れないか。真贋や箱書きよりもその物自体が好きになるかでしょうか。
茂木:そうですね。上方落語で「はてなの茶碗」というのがあります。水漏れする無価値な茶碗が、時の帝が箱書きを書いたばかりに千両で売れてしまうという骨董の側面を茶化した話ですが、骨董に対して同じようなイメージを持っている方は今も多いでしょう。でも、実際に取材をさせていただいて感じたのは、何よりも「ものの良さ」であるということ。歴史を通じて多くの人の眼にさらされ、選択の結果、現代まで残ってきたものです。何かの権威だとか誰かのお墨付きで有り難がったり、価値をねつ造したりいうマーケットも一部あるかもしれないが、それは骨董の本質ではないと僕は思います。
― そうすると見る側も、とにかくたくさん見て、自分の「好きの基準」を作っていく必要がありますね。
茂木:骨董の良いところは、美術館のようにガラスの向こうで見るのではなく、実際にそのものに触れることが出来る。もちろん買うことも出来る。こんなに良いところはないですよ。それと骨董界で「目利き」と言われる方は、やはり選択を重ねて今日に至っているということ。彼らが見立てた品物の中にいること自体がぜいたくな気持ちにさせてくれますね。
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日本の美意識から生まれた「骨董」を、世界的な美の文脈に入れていく―