「風化」追い求めた画家の軌跡
38歳という若さで突如この世を旅立った有元利夫(1946~85)。あれから30年近くの時が過ぎ去った。初個展を開き、それが瞬く間に画壇を席捲したのはおよそ40年前のこと。そう、彼が画家として立っていた時間は10年くらいのものなのである。
有元が終始追い求めた表現は「風化」である。「風化したものは、僕にとっていつも美しく物語のある空間です。こする、ちびる、へる、おおわれる、こびりつく、ひびわれる・・・・・・こんな風化の美しさが画面にでてこないかなァと思ってやっています」(自著「風化ということ」『美術手帖』1975年7月号)。風化とは長い時の経過をもってして生み出される物質の物理的、化学的変化のことを指すものだが、有元はこれを直ちに己の画に表したがった。そういった志向の契機となったのは、学生時代に訪れたヨーロッパである。ここで有元は積み重ねられた絵画の伝統に圧倒された。
しかし、そのなかにあって、フレスコ画と日本の古画との間に、質感と肌合い、発想と描き方、平面性と正面性、そしてコラージュ的な描法といったところに似通う点を見出している。以来、有元は、伝統的な日本の画材である岩絵の具や箔をもって独自の絵画世界を構築することに心を砕いていくこととなる。ときに旅先で拾った石や珊瑚のかけらを乳鉢で細かく砕いて用いたり、画肌を荒げてはサンドペーパーで平滑にしたり。時の経過が持つ美、即ち古拙や枯淡をいかに描くか、さらにその古風をいかにして作り過ぎることなく表現するか。「時間の経過を先取りし、数百年の時間と共同作業をしたふりをして、時間が喰い込んだ〈新作〉を描きつづけていきたいと思っています」(自著「風化—時間との共同作業」『有元利夫 女神たち』1981年)。
有元利夫は、時間に限りがあったことをまるで知っていたかのように、驚くほど数多くの作品を手がけ、また、日記も含めたくさんの文章をしたためている。札幌芸術の森美術館における「有元利夫 10年の絵と譜」展は、遺された作品と言葉を順に並列し、展示、掲示することで、その足取りをじっくりと辿ることのできる展覧会である。なかでも第21回安井賞特別賞受賞作《花降る日》は必見。
(札幌芸術の森美術館学芸員)
【会期】2016年6月4日(土)~7月3日(日)
【会場】札幌芸術の森美術館(札幌市南区芸術の森2−75)
【TEL】011-591-0090
【休館】会期中無休
【開館】9:45~17:30(入場は閉館30分前まで)
【料金】一般1100円 高校・大学生600円 小・中学生200円 小学生未満無料
【関連リンク】札幌芸術の森美術館
■記念講演会「有元利夫と作品」
【登壇】有元容子(有元利夫夫人)
【日時】6月4日(土) 14:00~
【会場】札幌芸術の森美術館展示室
【料金】無料、ただし当日有効の観覧券が必要