ある日の細川宗英氏のこと:酒井忠康(美術評論家)
細川宗英氏(1930~94)が奥さんと一緒に、その頃、鎌倉の近代美術館にいたわたしを訪ねてきてくれたことがあった。来意は忘れたが、一刻を気さくな雑談をして帰られたのをおぼえている。
お目にかかったときに、一瞬、氏の貌が《道元》と生き写しのようにみえたのは、この作品のもつ強烈な誘引のせいではないかと思うが、実際の氏は、ふくよかな容姿と物腰のやわらかな話振りの人で、ちょっとホッとした。遠くに自分を据えることのできる静かで感じのいい人であった。ところが、しばらくして亡くなられたと聞いてびっくりした。まだ63歳の、これから――という時であった。
いまあらためて、細川宗英という作家について考えてみると、歴史の皮肉なのか、あるいは妙なめぐりあわせなのか、現代彫刻の世界から遠のいてみえる作家であった。しかし、久しくつづいた人間不在の芸術にたいする批判によって、目下、再評価の対象とすべきもっとも大切な作家の一人となったのではないか――とわたしは思っている。
細川氏が明日を担う有力な作家として注目されたのは、すでに60年代はじめのことであった。装飾古墳などへの興味から原初的なイメージを喚起する独特の表情をもった作品を精力的に発表。そうした折に、氏は68年文化庁芸術家在外研修員としてアメリカ、メキシコ、ヨーロッパに滞在。なかでもメキシコ・マヤ文明の遺跡に衝撃を受け、帰国後、それまでの原初的な形態に象徴性を加味した作風へと変わってゆく。《男と女》《王と王妃》などの連作は、その試みであり、氏の代表作となった《道元》はまさにその究極を示す作例となった。さらに「地獄草紙」「餓鬼草紙」などの物語をテーマにして、具象彫刻の表現の可能性に挑戦した仕事がつづく。80年代以降の作品は《鳥がとまった》《かめ》などのように、人間の孤独をちょっとしたユーモアに包んで造形したものとなっている。
こうみてくると、細川氏はやはり一世代前の作家たちが、彫刻の「近代」を前提として展開した個性的な具象彫刻の世界をさらに深化させた作家であったことがわかる。人間の内奥の問題を語る糸口として、いわゆる物語性を持ち込んではいるが、決してパロディーにはしなかった作家である。
戦後の現代彫刻は空間についての考えを大きく変え、抽象彫刻は、変貌する都市や新素材の開発のなかでさまざまな実験的試みを経験しながら世界的な潮流とも連動した。具象彫刻のほうは停滞を余儀なくされた恰好となっていた。しかし人体像という人間の原初的なイメージの震源に立つ具象彫刻が、外の世界にはたらきかける新しい視点を獲得するならば、この状況は変えられる――いま細川宗英の彫刻について考えるということは、そのことを意味しているのではないだろうか。
【展覧会】彫刻家・細川宗英展 人間存在の美
【会期】 2017年10月7日(土)~11月26日(日)
【会場】松本市美術館(長野県松本市中央4―2―22)
【TEL】 0263―39―7400
【休館】月曜、祝日のとき次の最初の平日
【開館】 9:00~17:00(入場は16:30まで)
【料金】 大人1000円 大学高校生・70歳以上の松本市民600円 中学生以下無料
【関連リンク】 松本市美術館
■講演会「細川宗英の彫刻表現」
【開催】 10月28日(土) 14:00~15:30
【講師】 樽井美波(彫刻家、清泉女学院短期大学助教)
【会場】 同館多目的ホール
【料金】 無料
【定員】 80名
※申込は10月6日(金)から同館(TEL 0263-39-7400)へ
■学芸員によるギャラリートーク
【開催】 10月14日(土)・21日(土)、11月18日(土) 各日14:00~
【料金】 無料(ただし、当日有効の本展観覧券が必要)
【定員】 各日先着20名程度
【会場】 同館企画展示室前に集合、申込不要