初めての絵本制作
——今回、絵本制作の話を聞いたときは?
齋藤 率直に嬉しかったですね。自分の絵画制作と絵本の親和性というか、共通する部分は意識していたので、出版社のほうからそのようなお話をいただいたときは、すぐに「分かりました」と答えました。
—−実際に今回絵本を作られてみて苦労したことは?
齋藤 今回の制作を通して、絵本は一つの長い物語を考えるのに対して、絵画は物語のちょうど真ん中の場面を描いているのだと気づきました。はじめはなかなか物語がつながらず、試行錯誤を繰り返しました。
—−今回の絵本にはご自身の体験が反映されていますか?
齋藤 はい。幼い時プラレールで遊んでいた記憶があります。まだ今のようなきちんとしたジオラマ的なものではありませんでしたが、自分の部屋に線路を引いて電車を走らせるのが楽しかった。でも、今回の絵本の主人公は、自分自身というよりも、男の子でも女の子でもない、中性的な子どもを意識して描いています。
—−それはどうして?
齋藤 絵画を描くときもそうなのですが、描く対象を限定したくない。立場だとか職業だとか性別とか、そういうものは私の作品世界では、できるだけ意識から遠ざけたいと思っています。
—−なるほど。それはだれもが自分を投影できるということですか?
齋藤 そうですね。日常だれもが立場や性別を意識せざるを得ないのが現代社会です。でも私のなかでは、そういったものは忘れて絵に向き合ってほしい。そういう感じです。
絵本と絵画
—−絵本のページのなかで絵画的な意識をされている部分はありますか?
齋藤 たとえば車窓の向こう側に赤い花があって、座席の緑と対比させるということだったり、場面ごとにいろいろな技法を使って質感の変化をつけることですかね。今回水彩やアクリル、クレヨン、コラージュや銅版画、木版画、またセル画がなどを使いました。印刷した時にどこまで質感に差がでるか未知の部分はありましたが、そこが画家としての腕のみせどころだと思いました。実際に出来上がったものを見るとなかなか面白い。なかには微妙な変化でぱっと見にはわかり辛いページもあると思いますが。
—−なるほど。今回の絵本で印象的なのは、言葉が少なく、「クリカテ クラク」というタイトルにも使われている音の面白さです。
齋藤 私の絵本の原体験として『えんにち』(五十嵐豊子作)などまったく言葉のない絵本があります。私も絵描きですので、まず絵で絵本を展開したいと思いました。タイトルの「クリカテ クラク」はオノマトペです。電車の音を単純に「ガタンゴトン」としたくなかった。ほかにそういう絵本はたくさんあるので。英語でそれにあたる言葉を探したら “clickety-clack” という言葉がでてきた。英語がしゃべれるわけではなく、本当の読み方は分からなかったので、勝手に「クリカテ クラク」と造語しました。思惑通り、本が出来た後、ネットで検索するとトップに自分の本が出てくる(笑)。
—−そこまで考えていらっしゃったのですか(笑)。作品に登場するキャラクターは一見すると非常に愛らしく見えますが、動物たちを描くようになったのは、逆に鮮烈な印象を覚える体験があったからと聞きました。
齋藤 そうですね。30代後半のころでしたか、一度自分の制作の方向性に迷った時がありました。そんなとき旅行にいったアフリカで動物たちのありのままの弱肉強食の世界を目の当たりにしました。それを見た時、自分が描きたいのはこのままの世界ではない、と強く思ったんです。学生時代の自分の作品を知っている人たちからは、そのアフリカでの体験を経た後の作品を見て、「一周まわって戻ってきたね」と言われました。確かにそう言われるとそうかもしれないと思いました。それくらい大きな体験だったと思います。
個性的なキャラクターたち
—−絵本のキャラクターたちをじっと見ていると、いろいろな動きをしています。そして持ち物をもっていたり、個性がある。
齋藤 はい。細かいキャラクター設定などは考えていないのですが、場面場面で性格や内面が分かるような動きを出したかった。次の場面ではどんな動きをしているのか、そういう想像もしてみてほしかった。実は途中でお互いのかぶり物を入れ替えていたりして遊んでいます(笑)。
—−えっ、それは気がつかなかった(笑)。実際に電車の観察をされたり?
齋藤 私はなにかを描くとき、実際に見ないと描けない。電車のなかも実際に乗っているときにスケッチしたりとか、宮沢賢治の世界を描くときは、実際に岩手へ行って賢治の見た世界を見ないと描けない。たとえばサメを描くときは水族館に取材にいって描きます。そうしないとどこかウソっぽくなってしまう。
想像力はどこまでも広がっていく
—−この絵本を見ていると、想像力が膨らむというか、やはり画家の想像力はすごいと感じさせられます。小さな部屋のなかで完結する物語なのに世界が自由にどこまでも広がって行く。
齋藤 当初絵本のお話をいただいてから、何度かやりとりをさせていただくなかで、なかなか考えがまとまらず、行き詰まっていました。それを見かねたのか担当者の方が、「先生らしい作品を作ってください」とおっしゃってくださいました。するとアイデアをラフスケッチとして起していくなかで、電車の内側からの世界と、外側からの世界を交互に織り交ぜるストーリー展開が思い浮かびました。一本の線路を進む電車を時間軸に、主人公のいる実際の世界と、キャラクターたちの空想の世界が入り混じり展開していくストーリーです。子どもの想像力ってすごい。一本の線路があれば、夢の世界へだって飛んで行ける。そんな世界を自分なりの世界観のなかに落とし込んでいった感じです。
—−今回の個展では、絵本の原画をはじめ油絵などを出品されますね。また絵本に出てくるキャラクターたちの立体作品もありますね。個展会場はまさに絵本の世界が展開される。
齋藤 そうですね。来場してくださった方には、絵本『クリカテ クラク』の世界を楽しんでほしい。自分の所属している組織や、立場や、性別さえも忘れて、自分の感じるがまま、心を解放して楽しんで下さればなによりです。
絵本『クリカテ クラク』
本体 1,300円+税 B5判(182.0×257.0mm)
上製本/20頁 ISBN978-4-89210-221-9
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絵本出版記念展 齋藤将展 ―クリカテクラク―
7月24日(水)〜30日(火)伊勢丹新宿店本館6階アートギャラリー(東京都新宿区新宿3-14-1)☎03-3352-1111(代表)(休)無休(料)無料(時間)10時〜20時(※最終日は18時閉場)
◉ギャラリートーク・サイン会:28日(日)14〜15時