”ひとりで見る夢はただの夢 みんなで見る夢は現実になる”
令和2年度文化庁長官表彰被表彰者に、美術年鑑社『新美術新聞』において1995年から四半世紀に亘って「現在通信 From NEW YORK」の連載を続ける富井玲子さんが名を連ねた。富井さんは今回の表彰を受け、次のコメントを寄せてくれた。
メールでお知らせをいただいた時は、非常に驚きました。無所属で活動してきたので、勲章や表彰には一生ご縁がないと思っていましたから。その意味では、制度の外側で、しかも海外での仕事を認めていただけたのは本当に嬉しかったです。インデペンデント・スカラーというのは具体的に仕事の実情がわかりにくいですから、数年前に亡くなった母も心配だったはずで、月並みですが、この表彰を一番喜んでくれたのは亡母だと思います。また、私の仕事を長く応援し伴走してくれた夫は”ライフタイム・アチーブメント賞”だと喜んでくれました。
ただ、インデペンデントと言っても、自分一人で生きてきたわけではない。60年代日本の現代美術を調査し研究する中で、非常に多くの方々のお世話になってきました。作家の方々、そのご家族やご遺族、美術館や美術界の関係者、さらにはコレクターの方々などのご協力とご支援がなければ美術史家の仕事は成り立ちません。
また、無所属だからこそ研究仲間との交流は励みになりました。その意味では2003年に同じくニューヨーク在住の研究者手塚美和子さんとポンジャ現懇を設立して、戦後日本美術に興味を持つ人たち、大学院生から、美術館や大学の研究者、さらにはコレクターや愛好家まで広く意見を交換できるプラットフォームを作れたことも大きな成果の一つでした。後進の育成も今後もっと大きな課題となっていきます。
富井さんは大阪府大阪市の出身。1984年大阪大学文学研究科西洋美術史専攻修了、88年テキサス大学オースティン校美術史学博士課程修了。その後国際現代美術センター(CICA)上級研究員を経て92年より無所属で活動を開始。2003年に手塚美和子さんと戦後日本美術史研究をテーマにした学術メーリングリスト・グループ「ポンジャ現懇」を設立し、様々な美術館、大学とシンポジウムやカンファレンスを共同開催してきた。
「ポンジャ現懇のモットーとして、オノ・ヨーコさんのインストラクション作品《ひとりで見る夢はただの夢 みんなで見る夢は現実になる》を掲げていますが、これが私の人生訓でもあります」
今回、永年のオーラルヒストリーやアーカイブを活用した調査研究、展覧会や学術誌への執筆活動などを通じて米国をはじめ英語圏での戦後日本美術研究を牽引し、その国際的な評価を高めることに貢献した功績が認められた。
今後の展望を聞くと「日本の戦後美術については、単なる物珍しさでグローバルに面白がってもらう段階が過ぎたと考えています。今後は、その重要性の認識を確実なものにして、世界美術史の構築に不可欠な存在にしていかねばなりません。そのためには、日本やアジアの専門家に限らず、モダニズム系や一般の美術史家、美術館や画廊、一般の人々をターゲットにして、さらなる普及啓蒙も視野に入れる必要があるでしょう。その一つの方法として、60年代美術のヒットパレードを語りつつ、作家活動における日本固有のオペレーションをも解説し、欧米に限らずグローバルな定番作品(カノン)との比較を織り込んだ”教科書”を書いてみたいです」と話す富井さん。
これまで交流を重ねた人々に感謝の意を示しながら、“夢”へと歩を進める。
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