「いきることは、いかすことである」
空海の偉大さは、与えられた運命と環境の中にあって、その環境と運命とを最大限に生かしきり、生き抜いたことにある。
わが師故丹治思郷先生は空海をそのように評するが、空海の生きざまはそのまま師の生きざまである。生涯をかけて書とは何かを問い続け、書の美を生み出すための書作に生命をかけて向き合い、最期まで挑み続けた。その真摯な生きざまと先鋭な感性とから生み出された作品はまさに心魂の作であり、その魄力は真に迫る。
作家生活に全てを注ぐ。
そういったお言葉を何度聞いたことだろうか。
書美のある作品を作ることに専念する。それは即ち、尽きることのない求道の道を歩むことである。書作に向き合う師の姿勢からその高邁な精神を窺い知るたび、その道に進む厳しさと書の高遠な世界を感じた。ご指導には時に冷徹なまでの厳しさがあり、また必ず真理があった。学生時代から様々な時と場で数え切れないほどのご教示を仰ぎ、弟子はとらないとおっしゃった師の懐に飛び込んだが、師との出会いがなければ今の私はなかった。
「書もまた文字文化圏から脱却して芸術文化圏に踏み込まねば」
これは、師が尾瀬の自然美と人間味とに感動して以来、心に強く想っていたことである。
だから、書の「真の美」の究明により一層心血を注がれ、言葉や意味を超えた生きた書をつくり続けた。そして、全身全霊を傾け尽くすほどの行的精進を通して、書の秘奥ともいわれる厳かな領域を護り、繋ぎ、未来に託された。
尾瀬書美術館(思郷館)に生き続ける作品はこのような作品群である。
これらの作品の一部がこの度、生誕百年記念展として奥様や檜枝岐村のお力によって銀座で展示されることはこの上ない喜びである。
ご覧下さる皆様の感動が、「いのち」を宿す御作との絆となり未来に繋がっていくことを念じて、
「桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり」(岡本かの子)
林﨑思邦(書家)
【展覧会】丹治思郷 生誕百年記念展
【会期】2022年11月8日(火)~13日(日)
【会場】東京銀座画廊・美術館(東京都中央区銀座2―7―18銀座貿易ビル7階)
【TEL】03-3564-1644
【休館】会期中無休
【料金】無料
【時間】10:00~18:00(最終日は16時閉場)
【関連リンク】尾瀬書美術館(思郷館)