失われた風景を求めて 山村仁志(東京都美術館学芸員)
「ノスタルジア」(nostalgia)とは、ギリシャ語の「ノストス(家に帰ること)」と「アルゴス(痛み)」の合成語で、故郷へと帰りたいが、決して帰れない心の痛みのことを意味する。当初は望郷の思い、いわゆるホームシックと同じような意味だったが、現代では二度と戻ることができない過去の記憶を、現在の風景に重ね合わせて味わう、切なく、喜びも後悔も含んだ複雑な感情のことをいう。
「ノスタルジア―記憶のなかの景色」展では、この複合的感情を強く感じさせる個性的な8名の作家たちを紹介する。第1章「街と風景」では、将来変わってしまうかもしれない現在の風景を忠実に描写しようとしている阿部達也と南澤愛美。彼らは、季節や時間によって刻々と変化する陽光、空気、そして川面の波紋を、いとおしむように描き出している。
第2章「子ども」では、子どものいる親密な情景を描いている芝康弘と宮いつき。少年たちの遊ぶ姿、少女たちの静かで穏やかな憩いの様子を、過去の自分を今の子どもたちに重ねるようにして描いている。
そして第3章「道」では、シルクロードの土地に生きる人々の暮らしと自然を描いた入江一子、市電が走り和服姿の人々が路地を行き交う昭和の街の情景を再構築する玉虫良次、故郷ベラルーシの自然、家族、花や果物を、乳白色の深い幻想的空間で包み込む近藤オリガ、そして重厚なマティエールに支えられた大地と、遠方に見える山並みに挟まれた深い空間が魅惑的な《地の風景》で知られる久野和洋を紹介する。
8人の作家は、それぞれが異なった道を歩みながら、自らが愛する風景を絵画の中に大切に留めておこうとしている点で共通している。彼らは、無くなってしまうかもしれない風景、今は失われた風景、そして時空を超えた普遍的な「原風景」(人の心の奥底にある原初の風景)を真摯に求めている点でつながっている。
今回、高さが約12メートルある吹き抜け天井のギャラリーAの中央に、8畳大の「リラックス・スペース」を設けた。その周囲を、長さ約16mの大作パノラマ《epoch》を出品する玉虫良次をはじめ、大きな絵画が取り囲む。この場所でゆっくり休みながら、ぜひご自身のノスタルジアを改めて感じてほしい。
【展覧会】上野アーティストプロジェクト2024 「ノスタルジア―記憶のなかの景色」
【会期】2024年11月16日(土)~2025年1月8日(水)
【会場】東京都美術館 ギャラリーA・C(東京都台東区上野公園8-36)
【TEL】 03-3823-6921
【料金】一般500円、65歳以上300円、学生以下無料
【時間】9:30~17:30(入室は閉室30分前まで)
【関連リンク】展覧会公式サイト
【出品作家・展示順】
阿部達也(二紀会)
南澤愛美(日本版画協会)
芝康弘(日本美術院)
宮いつき(創画会)
入江一子(独立美術協会、女流画家協会)
玉虫良次(一水会)
近藤オリガ(新制作協会)
久野和洋(立軌会)