―「存在の美学」―
野田 僕は、本当のリアリズムの展覧会を世界に向けて日本から起こしたい。「存在の美学」はそういうグループ展でありたいと思っている。今でこそ写実をやる人が相当増えたけれど、昔は写実の絵描きはみんな食えなくてね。それで広島に野呂山芸術村を作って「存在の美学」をやった。ところが、その時は本物の写実を追求するよりも、絵描きを集めることに執心していた。存在の美学と言えるものじゃなかった。
近頃やっと絵で食えるようになったけれど、それはホキ美術館のおかげ。最近は、保木さんも「飾るための作品はもういらない。芸術が欲しいんだ」と言ってくれていて、そろそろ僕も鑑賞界から身を引いて、もう少し純粋に存在を追求するリアリズムを紹介する場を、作っていきたいと考えている。
小尾 美術館を始めた事で、絵の見方も変わられていますよね。
野田 うん、とても勉強されている。ホキ美術館には、僕が保木さんと谷川俊太郎さんを描いた作品が入っているけれど、今回の札幌展に貸して貰えることになった。
永山 札幌では、野田先生が選ばれた青木先生や磯江先生、石黒先生たちの作品も展示します。
野田 青木君や磯江君たち、前の「存在の美学」出品作家も総覧して、今回の「存在の美学」もこれで一区切り。今まで招待作家は僕が選んできたけれど、次からは若くて真っ盛りな永山さんに責任者を交代しようと思っている。
永山 早いうちに次の世代に引き継ぐというのは私ですら考えますが、正直こんなに急にとは思いませんでした。でも、「野田・永山塾」(※4)の生徒の中にも、大学に進学せずに教室に通って毎日描きますという子がいて。絵に人生をかけようという後続が育ってきています。
野田 精神や魂の産物としての絵画を追求してきて、少しずつ本格的になってきた。僕はそのための土地を耕してきたつもりで、永山さんからが本当の始まり。今は、伊達市に根を下ろし、生活しながらやっている人間を同人としているんだけれど、永山さんは一番そういうことを真剣に考えて生きている人だと思う。小尾君は今どこに住んでいるんだっけ?
小尾 埼玉県川越市の市街化調整区域になっている所で、まだ自然が多く残っています。もともとは経済的な事情で、作業場が確保できる広い場所という理由でしたが、住んでみて改めて自然って無駄が無いのだなと肌で感じたり、そのような中から、新たな絵の対象が生まれてきたりしています。
野田 それがリアリズムだよね。現実のあるがままが一番不思議で、すごい世界がある。それをそのまま描けばいい。アントニオ・ロペスも生活そのもの、生きていることそのものを描いていた。でも、審美的な鑑賞家たちからすると、そこに美を感じる事が分からない。理解しない。僕と小尾君は今、画集(※5)を作っていて。僕のは存在の美学の初日に間に合うよう進行しているのだけれど。
小尾 僕もそうですね。
野田 小尾君の画集には僕も文章を寄せている。それで、文章を書くために小尾君の作品を観ていたら、アトリエにあるものを全部描いていて、ひとつひとつの存在を認めているように見えた。それらを組み合わせて見ることで、空間全体がとてもリアルに思えてくる。そういえば、これまで展覧会図録に寄せた事はあるけど、人の画集に寄稿することはあまり無かったな。でもやっぱり作っておくべきだと思うよ。僕の映画(※6)も、もともとは監督が師匠から僕の画集をもらったらしくて、それで撮らせてくれと北海道まで来てくれた。
何にせよ、永山さんも小尾君も、年齢的に脂が乗ってきている。機は熟したという感じで、僕はすごく期待している。
永山 私は、「存在の美学」がずっと続いていって欲しいし、続かないと意味が無い展覧会だと思っています。今は野田先生のような強い信念を持っている方がいらっしゃいますが、参加作家それぞれが、しっかりと自らの「存在」論を持った制作をし、それを発表するための展覧会なのだという明確な意識を共有するものにしていきたい。そのために作品を作る事をしっかり考えて、とにかく手を動かしていかないといけないなと考えています。
小尾 僕はあくまで招待作家なので、今後どうなっていくのか分からないところもあります。でも写実の絵描きには注目の展覧会だし、背負っている物もあると思う。今は写実ブームで、写実をやりたいという若い人も増えてきていますが、ただ生活の手段としてブームを利用したいというレベルの人もいる。僕らはそうじゃない、しっかりとしたものを持つべきで、「存在の美学」がそういう展覧会になっていくのであれば、とてもいいのじゃないかと思いますね。
野田 絵画は「飾り」であっちゃいけない。もっと人間の精神が作り上げた、清らかで純粋なものであるべきだと思う。マラルメは「一冊の聖書のような詩を書きたい」と言ったが、僕が目指すところも同じ。命をかけても出来るかどうか分からない。でも僕は―敢えて我々はと言いたいが―、それをやらないと死に切れない、やるんだと。そう考えていきたい。
【存在の美学 第三回伊達市噴火湾文化研究所同人展】
東京展:4月23日(水)~4月29日(火・祝) =髙島屋日本橋店6階 美術画廊
大阪展:5月7日(水)~5月13日(火) =髙島屋大阪店6階 美術画廊
伊達展:5月18日(日)~6月3日(火) =だて歴史の杜カルチャーセンター ハーパーホール
札幌展:6月21日(土)~7月6日(日) =札幌芸術の森美術館
※札幌展のみ青木敏郎・石黒賢一郎・磯江毅・大畑稔浩・五味文彦・今井良枝・沢田光春・水野暁・芳川誠が招待作家として出品。 【観覧料】 一般1,000円 高校・大学生600円 小・中学生400円
(※4)野田と永山が講師を務めるだて噴火湾アートヴィレッジの絵画教室。美術から音楽、詩、哲学まで、様々な領域から野田が抽出した言葉を纏めた箴言集が、テキストとして活用される。
(※5)東京展の開催に合わせて、野田の画集『聖なるもの 野田弘志画集』が求龍堂より、小尾修初の画集『小尾修画集―痕跡』が芸術新聞社より、それぞれ刊行される。野田にとっては『野田弘志画集』(1985)、『野田弘 写実照応』(1994)以来、20年ぶり3冊目となる求龍堂からの画集。
(※6)「聖なるもの THE-Ⅳ 鳥の巣」の制作過程を約1年間にわたって撮影し、野田の絵画哲学に迫ったドキュメンタリー映画『魂のリアリズム 画家 野田弘志』。監督は日向寺太郎、製作・配給はパル企画。年内の公開を予定している。